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まさか「大道具から主役」に!
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今年で劇団「動物電気」は25周年!というわけで、ではないですが(笑)、
俺がどうやって今のような役者になったのか、プロのライターさんがまとめてくれたので、
これから少しずつブログで紹介していきます!
第1回は、俺の高校から大学時代の話です。(長文注意!)
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長野県松本市に近い村に生まれた俺は、上京する前、松本の高校の演劇部に所属していた。
実は、高校入学時には演劇に興味はあったものの、演劇部に入るつもりもなかったし、
自分が舞台で演じることになるとは思っていなかった。

俺は高校に入学してすぐに「漫画研究会」に入った。小さい頃から漫画家になりたかったからだ。
ところが、その研究会には漫画や絵が上手い人がたくさんいて、同人誌を作っている人もいた。
「松本のたった1つの高校だけでも、俺以上に絵が上手い人がこんなにたくさんいる。
俺が漫画家になるのは難しいかも…」と思った。
でも、漫画やアニメは好きだったし、絵を描くだけでなく、物語を作ることも好きだった。
だから、演劇には興味があった。

俺が「漫画家はムリかも…」と思った頃、たまたま演劇部の女子部員から
「大道具を手伝ってほしい」と頼まれた。その学校の演劇部には同学年の男子部員がいなかったからだ。
大道具を手伝いながら、彼女たちの稽古を見ていると、
俺が今まで見たこともないような練習をしていた。俺は「演劇ってすごいな!」と思った。
大道具だけを手伝うつもりで入部したが、
「ちょっとぐらいなら舞台に立ってもいいかもな…」と思うようになった。
そういう俺の気持ちを察したのだろう、女子部員のひとりが
「小林君、次の舞台に出てみる?」と声をかけてくれた。
しかも、初舞台にも関わらず何故か、いきなり主役になった。

初めて浴びたスポットライトは気持ちよくて
「これをずっとやっていきたい!」と思うほど、楽しかった!
これが舞台にハマる直接的なきっかけだった。

もしあの時、演劇部の女子が「小林君、大道具を手伝ってくれない?」と俺に言っていなかったら、
今の俺はなかったかもしれない。
あれから30年近くが経ち、当時の部員で今でも演劇をやっているのは、俺ひとりだけだ。

高校3年まで演劇部に所属した俺には、演劇仲間も何人かできた。
後輩の中にも「東京へ行って、一緒に演劇をやりましょう」という人がいた。
「東京に行って一緒に住んで、お前は台本を書いて、俺は舞台に立つ」
という役割分担までできていた。
「東京へ行って芸能人になろう」「東京へ行けば何とかなる」そういう気持ちだった。

幸いにも、俺が通っていた高校は進学校だったので、
俺は東京へ行く手段として、大学へ進学することにした。
演劇を専攻する学部に行くことも考えたが、俺は理系だったので、それは叶わなかった。
ともあれ、高校を卒業し、1年間を予備校で過ごした後、明治大学理工学部に合格した。

実は、明治大学の理工学部は川崎市の生田キャンパスにあり、
そこには演劇部がないことを俺は知らなかった。
しかし、生田キャンパスにも「演劇サークル公演」のチラシは掲示されていた。
「(明大前近くの)和泉キャンパスに行けばいいんだ!」と知った俺は
早速、電車に乗って和泉キャンパスへ向かった。

当時、明治大学の演劇サークルは複数あったが、その中でも「活劇工房」というサークルに入った。
このサークルの先輩たちがおもしろかったし、居心地もよさそうだったからだ。
(この「活劇工房」に所属していた人たちが、現在の劇団「動物電気」の役者にもなっている。)
東京での居場所を見つけた俺は
「よし!ここから成り上がるぞ!役者になるぞ!」という気持ちを新たにした。

(第2回へ続く!)

【取材・文 / 長谷川敏子】

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